大判例

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東京地方裁判所 昭和35年(レ)560号 判決

控訴人 大坂新平

被控訴人 石田仙太郎

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金六万二六〇円およびこれに対する昭和三四年六月二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払うこと。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

控訴代理人は、請求の原因として、

控訴人は昭和三一年九月一八日武蔵野市に対し、被控訴人所有にかゝる東京都武蔵野市関前字久保八三〇番所在の家屋番号同番九七番の二、木造瓦葺平家建鶏舎一棟建坪一〇〇坪外三棟の建物に対する昭和二六年度第三期、第四期、第五期、同二七年度第一期、第二期の各固定資産税、手数料、延滞金および加算金合計六万二六〇円(内訳は原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する)を被控訴人のために代納した。右は事務管理に係るものであるから、被控訴人は控訴人に対し右代納金を有益費用として償還する義務がある。よつて、控訴人は被控訴人に対し金六万二六〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三四年六日二〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである、と述べ、被控訴人の主張を否認した上、次のとおり述べた。

控訴人は、本件代納について利害関係を有する者であるから、右代納は第三者の弁済として有効である。すなわち、控訴人は、被控訴人主張のとおりの経過で被控訴人所有の前記建物に対する収去命令を得た上、東京地方裁判所八王子支部の執行吏木村直広に対して執行の委任をしたところ、同執行吏は、右収去命令の目的物件たる前記の各建物について被控訴人が固定資産税等を滞納して武蔵野市から差押処分を受けている関係上、税金を完納して差押を解除しなければ、収去命令の執行に着手することはできない旨申し述べて執行着手を拒否したので、控訴人はやむなく右執行実施のために前記のとおり代納して差押の解除をうけたものである。また、仮りに前記差押処分が法律上右執行の妨げにならないとしても、もし、滞納処分によつて被控訴人の前記各建物が公売に付され、第三者に売得された場合には、控訴人は未知の者にその所有に係る前記建物敷地を占有されることになり、法律上の紛糾が予想されるので、こうした事態を避ける必要上前記代納をしたのであるから、控訴人は本件代納について利害関係を有していた者である。

被控訴代理人は、答弁として次のとおり述べた。

被控訴人が、控訴人主張のとおり、被控訴人所有の建物に対して固定資産説およびその延滞金、手数料ならびに加算金の賦課処分を受けていたことは争わないが、控訴人が右賦課金を代納した事実は知らない。

仮りに、控訴人が右賦課金を代納したとしても、控訴人は代納することに法律上の利家関係を有しない第三者であり、しかも右賦課金を代納することは被控訴人の意思に反するものであるから、控訴人主張の代納は第三者の弁済としては無効であつて、被控訴人は控訴人から求償される理由はない。すなわち、被控訴人は、昭和二七年九月一八日控訴人との間に成立した調停(武蔵野簡易裁判所昭和二七年(ユ)第二九号事件)の結果、前記建物の敷地として、控訴人からその所有にかゝる土地二、〇〇〇坪を賃借していたものであるところ、控訴人は、被控訴人が約定賃料の支払を怠り、調停調書第八項所定の条件が成就したとの理由で被控訴人に対して賃貸借解除の意思表示をなし、同三〇年一一月一七日右調停調書を債務名義として被控訴人の前記建物に対する収去命令を得たものであるが、右調停成立後、当事者間で約定賃料額を合意改訂したことによつて、右調書第八項の過怠約款は当然失効したものであり、然らずとしても、控訴人において右賃料改訂に際し、被控訴人の賃料支払が遅延することを諒承し、右第八項にもとづく権利を放棄したものであるにも拘らず、控訴人が前記のような措置に出たため、被控訴人は右収去命令に対して抗告、再抗告をなして争つていたのである。これらの抗告はいずれも棄却されたが、以上のように控訴人と被控訴人ははげしい拮抗対立の状態にあつたものである上、被控訴人は、当時、市当局に対して前記固定資産税の減額方を交渉し、しかもそれが被控訴人の有利に進展しつゝあつたので、本件代納が著しく被控訴人の意思に反するものであることは明らかである。

なお、控訴人が本件代納につき利害関係を有する理由として主張する点は争う。被控訴人は、控訴人主張の債務名義の執行力の排除を求めるため請求異議の訴を提起し、昭和三四年八月二六日武蔵野簡易裁判所において被控訴人勝訴の判決を得たのであるから、右債務名義に執行力のあることを前提とする控訴人の主張は理由がない。また、およそ税の滞納による財産の差押は、滞納者による当該財産の自由処分を禁じてこれを公売するための前提手続にすぎないものであり、当然には右財産に対する強制執行を阻止する効力を有しないのであるから、もし控訴人のいうように、執行吏が執行着手を拒否したものであれば、これに執行を委任した控訴人としては執行吏の誤解を釈くべきであり、それでもなお執行吏が執行行為の実施を拒んだ場合には、異議申立等の救済方法をとるべきである。そして、公売の結果第三者が建物所有権を取得することになつた場合でも、控訴人は承継執行文を得て容易に建物収去の執行をすることができるのであるから、いずれにしても、控訴人のいう利害関係は、事実上の、しかも間接的なものにすぎないのであるから、民法第四七四条第二項にいわゆる利害関係にはあたらない。

仮りに、本件代納が第三者の弁済として有効であるとしても、控訴人は右代納が被控訴人の意思に反することを知りながら、あえてこれをなしたものであるから、適法な事務管理は成立せず、控訴人は被控訴人に対して右代納金の償還を請求することはできない。

証拠として、控訴代理人は、甲第一ないし第六号証を提出し、当審証人姫野高雄の証言(第一、二回)、原審ならびに当審における控訴本人の尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認め、被控訴代理人は、乙第一号証を提出し、原審ならびに当審における被控訴本人の尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

成立に争のない甲第一ないし第六号証および当審証人姫野高雄の証言(第一回)によると、控訴人は、その主張のとおり、昭和三一年九月一八日、代理人姫野高雄を介して武蔵野市に対して被控訴人のために被控訴人所有建物の固定資産税等合計金六万二六〇円を代納し、滞納処分による差押の解除をうけた事実を認めることができる。他に右認定に反する証拠はない。そして、公租公課も第三者による代納に親しむものであることは当時施行されていた国税徴収法施行規則第一七条の規定に徴しても明瞭である。公租公課は公法上の請求権であるから第三者の代納について直接民法の規定を適用することはできないけれども、それがその実質において一種の金銭債権である点に鑑み、第三者の代納については民法第四七四条第二項の規定を類推して、利害の関係を有せざる第三者は納税者の意思に反して代納することができないものと解するのが相当である。

ところで、被控訴人は、控訴人は右代納をなすにつき利害関係を有しない者であり、しかも右代納は被控訴人の意思に反するものであるから、無効であるというので、まず利害関係の有無について判断する。

控訴人と被控訴人の間に昭和二七年九月一八日成立した調停の結果、控訴人が被控訴人に対して東京都武蔵野市関前字久保八三〇番の一、二の土地二、〇〇〇坪を賃貸し、被控訴人において右地上に前記建物を所有していたところ、控訴人は、被控訴人が約定賃料の支払を怠り、調停調書第八項所定の条件が成就したとの理由で被控訴人に対して賃貸借解除の意思表示をなし、同三〇年一一月一七日右調停調書を債務名義として被控訴人の右建物に対する収去命令を得たものであることは当事者間に争がなく、当審証人姫野高雄の証言(第一回)および当審における控訴本人の尋問の結果によると、控訴人の代理人として姫野弁護士が東京地方裁判所八王子支部の執行吏木村直広に対して、右収去命令の執行を委任したところ、同執行吏は、前記建物について税金の滞納があり、そのため右建物は武蔵野市によつて差押えられているので、右税金を完納しなければ執行することはできない旨申述べてその実施を拒んだこと、そこで姫野弁護士は、税金滞納のため市によつて差押えられている場合には木村執行吏のいうように前記収去命令の執行はできない取扱いになつているものと思い、また滞納処分によつて右建物が第三者に公売されると、建物収去についても承継執行文を要することになり、法律上も余分な手続をしなければならなくなるし、敷地の使用関係について紛糾を生じても困ると考えて、控訴人に勧めて前認定のとおり代納させたものであることを認めることができ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、滞納処分による差押は建物収去の強制執行を妨げるものではなく、執行吏が執行行為の実施を拒んだのは法律の誤解によるものであるから、控訴人としては執行方法に関する異議を申立ててこれを排除することができるし、公売の結果第三者が建物所有権を取得するに至つた場合でも控訴人は承継執行文を得て建物収去の執行をすることができる。この点は被控訴人所論のとおりである。被控訴人は、この点を根拠として、控訴人は事実上の、しかも間接的な利害関係を有するにすぎず法律上の利害関係を有する者ではないと主張するが、控訴人は、被控訴人の滞納税金を代納することによつて、執行方法に関する異議の申立や承継執行文の附与手続をとるまでもなく直ちに建物収去の執行をなすことができる関係にあつたのであるから、本件代納につき法律上の利害関係を有していた者と観るのが相当である。執行方法に関する異議や承継執行文の制度があるということは他にも救済手段があるというだけのことであつて、他に救済手段があるからといつて直ちに法律上の利害関係がないと即断することはできない。滞納税金を代納しなくとも、本件強制執行は法律上可能なのであるから、その意味では控訴人の有する利害関係は直接のものではなく間接的なそれであるということができるが、かかる間接的な利害関係も社会生活の実際に鑑みその妥当性が是認できるものである場合にはこれを故らに除外する必要はない。控訴人は、前段認定のとおり、滞納税金を代納しなければ建物収去の強制執行ができず、建物が公売されて面倒な関係になるものと思料して、これを避けるために代納の手続をとつたのであるから、控訴人のとつた右の措置は社会生活の実際からみて権利行使に必要な措置として是認されて然るべきものといつて差支えないので、控訴人は本件代納につき利害関係を有する者であると認めるのが相当である。なお、被控訴人は、前記収去命令の前提たる債務名義は昭和三四年八月二六日武蔵野簡易裁判所の請求異議事件の判決によつてその執行力が排除された旨主張するが、右は本件代納後に属することであるから、控訴人が本件代納につき利害関係を有するか否かを判断するにつき考慮すべき事柄ではない。したがつて、控訴人のなした本件代納は被控訴人の意思に反すると否とに拘らず、第三者の納付としてその効力を生じたものといわなければならない。

被控訴人は、本件代納が第三者の納付として有効であるとしても、控訴人は右の代納が被控訴人の意思に反するこ、とを知りながら、あえてこれをなしたものであるから、事務管理は成立せず、控訴人は被控訴人に対して現存利益の償還を求めることはできない旨主張するので、この点をみるに、当事者間に争のない事実欄記載の事実と当審における被控訴本人の尋問の結果に徴すれば、控訴人の本件代納が被控訴人の意思に反するものであることはこれを窺うことができるけれども、控訴人の側において右の事実を知つて代納したものであるとの点は原審及び当審における被控訴本人の供述によつてもこれを肯認し難く、かえつて当審における姫野証人(第二回)及び控訴本人の供述によれば、その然らざることが認められるので、右の主張も採容できない。

そして、被控訴人は、控訴人の本件代納によつて自己の納付すべき固定資産税等合計金六万二六〇円の租税債務を免れ、現に同額の利益を受けていること明らかであるから、控訴人に対てし右六万二六〇円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三四年六月二〇日(記録上明らかである)以降右支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、その支払を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものである。

よつて、これと異つて右の請求を棄却した原判決は不当であるからこれを取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三 立岡安正 三好清一)

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